Kindleで本読んどる

Kindleでの電子書籍購入数が200冊を突破したので、SF小説をメインに書評や感想を書き散らします。

「屍者の帝国(伊藤計劃,円城塔)」の感想 ゾンビが労働力と化した世界のスチームパンクSF

作品名 屍者の帝国
著者 伊藤計劃(いとう けいかく)、円城塔(えんじょう とう)
ジャンル SF
出版元 河出書房新社
評価 3点:★★★☆☆(おすすめ)
対象年齢 中学生以上
おすすめの人 冒険風味の入った軽めのスチームパンクが好きな人。オカルトとSFの狭間みたいな作品が好きな人。

「虐殺器官」で彗星のようにデビューし、「ベストSF2007」「ゼロ年代SFベスト」でいずれも国内篇第1位を獲得した夭折の天才伊藤計劃。彼が遺した原稿用紙わずか30枚の遺稿を円城塔が書き継いで完成させた1冊です。こんな奇妙な来歴の本はあまり例を見ないのではないでしょうか。

amazonなどのレビューを見ると、一部の伊藤計劃ファンからは「こんなの伊藤計劃じゃない」と酷評をされている模様です。私は伊藤計劃の遺した長編3作のうち、「虐殺器官」と「ハーモニー」しか読んでおらんのですが、まあ確かにあまり伊藤計劃の作風ではないな、と感じました。

「虐殺器官」「ハーモニー」の両作が現実と地続きの近未来を舞台とし、民族紛争などを扱ったリアル志向なのに対し、本作「屍者の帝国」はファンタジックな設定を基礎としたパラレルワールド的世界観。なんにも言われなければ伊藤計劃の作品とは気がつかないんではないでしょうか。

んー、しかし、これを「伊藤計劃の作風ではない」といって切り捨てるのはちょっと違うような気も。34歳という若さで亡くなりさえしなければ、いろいろと新しい作風にチャレンジしていったでしょうし、この「屍者の帝国」を伊藤計劃が最後まで書き上げていたとしてもやはりそれまでの「伊藤計劃的なるもの」にはならなかったんではないかなあと個人的には思います。

それはともかく、「屍者の帝国」です。舞台は19世紀末。作品世界ではフランケンシュタイン博士が実在をしており、彼が遺した研究成果によって死体を蘇生させ労働力として使役することが当たり前になっています。平たく言えばゾンビですな。ゾンビの御者、ゾンビの兵士、ゾンビの召使などが当たり前に使われており、「死体の生産」などという物騒な懸念も当然ながら生じている世界です。

現代に生きる我々からすれば極めてグロテスクな社会でありますが、作中の人々はもはや慣れっこであり、登場人物が使役される死体を見て嫌悪感を表明することはほとんどありません。魂の存在が質量を伴うものとして認知されている世界ですので、それが抜けてしまった肉体はもはやただの資源・資材として分別されるのも致し方ないのかもしれませんが、いくらそんな世界であったとしても人類の価値観がそこまで大きく変わってしまうものなのかなあという違和感は最後まで拭えなかったです。

そんな得体の知れない気持ち悪さはあるものの、作品自体は所謂冒険小説のノリです。フランケンシュタイン博士が最初に作った怪物「ザ・ワン」の行方を追い求め、各国の諜報機関や政治勢力と絡み合いながら世界を股にかけての大冒険。その道程に日本が含まれているのは読者に向けたサービスでしょうか。薩摩自顕流の剣豪が金属製の錠だろうが達人ゾンビだろうが構わずぶった切るのでやっぱり薩摩隼人は強いんだな、と思いました。

曰くありげな出版の経緯からなにやら重厚なテーマの存在を予想して身構えてしまう本作ですが、小難しいことは考えずエンターテイメントとして素直に楽しめる1冊です。もし「何やら小難しそうだなあ」と思って敬遠されている方がおられましたら、「いや別にそんなことないっすよ。質の高いエンタメっすよ」と軽く返しておすすめしたい作品です。 

屍者の帝国

屍者の帝国